TIPコラム
100年を超えた建築プロジェクト 起雲閣(熱海市指定有形文化財、1919)
2024.10.24

かつて文豪、山本有三、谷崎潤一郎、志賀直哉らがつどい、いまはマンションに変わった別館で太宰治が『人間失格』の3章まで書き上げたという、熱海市では有名な旅館だったのが起雲閣です。もともとは、1919年に海運王として知られた内田信也が熱海に建てた別荘(別邸)が始まりです。和館を2棟建てたのち、1924年にそれを引き継いだのが鉄道事業などに活躍した根津嘉一郎。根津は、敷地を3千坪へと拡張して現在の原型となる庭を整備し、そこに根津の好みであった2棟の洋館を付け加えます。


別荘から旅館へと大きく性格を変えたのが、3代目の桜井兵五郎です。桜井は、政治家としても知られる人物で、金沢の湯涌温泉に東洋一とも言われた豪華ホテル「白雲楼ホテル」を経営していました。敗戦後、そこが米軍に接収されたこともあり、取得したこの熱海の別荘を旅館へとかえ、1947年に開業に漕ぎ着けます。
その旅館を「起雲閣」と名付け、「白雲楼」とも共通する「雲」を採用したことに、起雲閣にかける桜井の強い意志を感じることができます。目を引くのが、3つの和室の間の壁塗られた色漆喰の壁。メインとなる<麒麟>では群青、その2階<大鳳>では紫、<孔雀>ではベンガラとなっています。金沢では、旅館、町家などでこうした色漆喰が用いられているともいいます。


桜井兵五郎らによって、現在の「起雲閣」がかたちづくられることとなります。3千坪の敷地の外周を渡り廊下で結び、客室や110畳の大宴会場を整備して行きました。中でも、和館<麒麟>の隣にあった<孔雀>を何回かの曳き家の末に、1965年に反対側の現在の位置へと移動しました。途中、道路拡張などにより洋館にあるローマ風呂の位置が向きは変わったことはあっても、これによってほぼ現在の状態となりました。

2000年からは、熱海市の所有へと変わり、建物は熱海市指定有形文化財となり、その文化的な評価がされる一方で、市民が利用する総合的な施設へと改装されています。文化財として建物をきちんと保存する一方で、旧大浴場などのあった棟の2階は市民へと開かれたギャラリー、110畳の大宴会場は市民へと貸し出す音楽サロンとするなど、有効利用も図っています。
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もととなる建物のつくりがしっかりしており、そのうえに市への移管にあたって耐震改修などを行なっています。100年を超えて、世代をまたいでつくられ、使われ続けてきた建物の生きた手本がここにはあります。(鈴木洋美)
