TIPコラム

高さ8.5メートルのアトリエをもつ家  台東区立朝倉彫塑館

2023.07.19

通りより朝倉彫塑館の入り口を見る

 JR日暮里駅から谷中に向かう途中にそれはあります。あたりは、戦災にあっておらず、区画整理されることもなかったので、路地的な空間が残されています。周辺には、敷地を分割して多くの小住宅が建てられているものの、その中に古い木造家屋を目にすることはできます。中でも、異彩を放っているのが、ここに紹介する朝倉彫塑館です。

 門から建物を見て、その中身をはたして想像できるでしょうか。樹木に取り囲まれて、そのボリューム感はだいぶ軽減されているものの、近くによって鉄筋コンクリートの躯体に黒く塗られたようすを見上げると、その威容が目に迫ってきます。入り口から建物の中へ入ると、さらに驚かされます。高さ8.5メートルのアトリエ、つまり通常の建物の3層分の吹き抜けスペースが、黒い躯体の中に隠されていたのです。

アトリエ棟には「蘭の間」がある。もともとはランの栽培のための温室であった

 建主は彫刻家朝倉文夫。東京藝術大学を卒業後、台東区谷中のこの地にアトリエを兼ねた住居を建て、増築と敷地の拡張、建て替えてを経て、現在の朝倉彫塑館の元となる建物を建てたのが1935年。朝倉は、出世作「墓守」や、早稲田大学の創始者大隈重信像などで知られる日本彫刻会の重鎮でした。生涯に、多数のブロンズ像をつくっていますが、彫塑の特徴は制作スケールが大きいこと。その元となる石膏モデルの製作の際には、足場をかけて上部の仕上げを行うこととなりますが、朝倉は制作モデルを下げるアイデアを実現したのです。台に載せた製作モデルを電動昇降台に載せて地階に下げれば、制作者自身は足場に登る必要がなくなるので危険を半減できるというわけです。そのため、アトリエの構造様式は鉄筋コンクリートが採用されたと、説明する向きもありますが、これだけのスパンをもつ空間を木造で実現するのは難しく、鉄筋コンクリートが採用されたのは自然な選択だったと思われます。

アトリエ棟のルーフガーデン。植物を育てることは彫刻に深くかかわると朝倉は考えた

 通常のアトリエ採光は、光量が一定の北側窓のみとなりますが、ここでは3面採光となっています。ほとんどのブロンズ像が屋外に置かれるため、さまざまな光のもとで見る必要のためだといいます。朝倉はここで「朝倉彫塑塾」を開き弟子の育成にも当たっています。3階には、ゲストルームとして朝倉好みの和室空間が設えられ、屋上にはルーフガーデンがあります。アトリエにつづく住居部分は、木造でつくられています。敷地の真ん中には中庭は池がつくられ、それを取り囲むようにアトリエと住居が配置されています。それは、彫刻家としての朝倉の、季節とともに姿を変える植栽とともに、さまざまにかたちを変える水に対する興味もうかがえますが、環境建築という面からみると、夏の暑さ対策であったともいえます。ここには、アトリエを併設した個人住居のもつ可能性をさまざまに広げた試みを見ることができます。(鈴木洋美)

アトリエ棟の裏側にある家族たちの玄関は、和のしつらえ