TIPコラム

風景をつくる建築  東京都葛西臨海水族園

2021.09.29

 東京から千葉の湾岸部へとのびる京葉線は、埋立地の上を走ります。同路線で乗降客の一番多い舞浜駅を降りると、「夢の国」東京ディズニーランドがあります。この建物群は、園内から外部のようすが見えないように囲い、海側へのみ視線がひらくという巧みな工夫により、来場者の視線を日常から切り離し、非日常の世界へと招くことを可能としています。これも埋立地の利用の仕方のひとつでしょう。

 一方、埋立地のまわりの環境を積極的に活かし、自ら環境をつくることをめざして建てられたのが、京葉線の葛西臨海公園駅にある「葛西臨海水族園」(谷口吉生、1989年)です。設計がはじまった1985年ごろ、あたりは雑草が生い茂る荒れた未整備な状態でした。当初、計画予定地は駅の近くとなっていましたが、設計者・谷口吉生氏の粘り強い説得により、海側へと移され、さらに公園整備と一体化される中で、建物とランドスケープが同時に計画されることになりました。

 谷口氏の建築は、鉄とガラスとコンクリートというモダニズム建築の系譜につらなります。“無機質な材料で、風景をつくり出すことができるだろうか” この谷口氏の建築は、こうした問いへの回答ともなっています。はなれて見える外形は、印象的な8角形のガラス・ドーム。突如、この土地に降り立った形というよりも、そこにもともとあるような錯覚に陥るのはなぜでしょうか。いまでは、無味乾燥な埋立地をつくりかえたランドマークとなっています。

ちなみに、水族館と名付けずに「水族園」としたのは、公園との一体化した施設という意識があったからだと推測されます。水族館施設の重要な部分は直径100mの地下の円形プランに収められています。入場口を通って水族園とアプローチすると、景観が徐々に変化するシークエンスとなっています。

入場ゲートくぐると八角形のガラス・ドームが登場する

地上部の直径100mの4分の3の円形部分は水盤となっており、8角形のガラス・ドームが海の上にあるように見えます。入口からエスカレーターで地下へと降りていくと大水槽のある展示スペースへと潜り込む、劇的な空間演出となっています。さらに歩くと、この水族園を有名にした大型マグロが回遊する大水槽へと至ります。こうした展示方法が、これ以降の水族館の計画にも大きな影響を与えています。

水盤を介して、ガラス・ドームは東京湾の上に建っているように見える

 谷口氏は、同じ公園内に、1995年、「展望広場レストハウス」を完成させています。鉄とガラスとコンクリ―トによる単純な矩形です。だがこれが、駅から公園へのまっすぐなアプローチの先にある、いまでは不可欠な海へのゲートウェイとなっています。見事だと思います。

展望広場レストハウスを正面から見る
雨漏りを受けるバケツが床に並ぶ、レストハウスの内部より水族園のガラス・ドームを見る

ところが残念なことに、「葛西臨海水族園」の取壊しの計画もあると聞きます。表向きの理由は水族館設備の老朽化が上げられていますが、計画・設計に時間をかけ風景の一角を担ってきたこの建築の価値ははかり知れません。また、雨漏りが放置された状態にある「展望広場レストハウス」を目の当たりにすると、日ごろの管理の大切さを考えさせられました。  (鈴木 洋美)