TIPコラム

移築した長屋門を正面にかまえた家   思想家・柳宗悦の自邸(1935)

2025.01.29

長屋門正面:屋根は大谷石。梁と垂木の断面は白く塗られ、玄関扉の上部にはカエルマタの和の意匠。壁には漆喰が塗られ、腰壁には大谷石張り。白と黒の織りなす静謐なたたずまい
長屋門外観(左側):窓を大きくし、入り口扉を新設した以外はもとのまま。どっしりとしたかまえ(提供:日本民藝館)
2階の書生部屋から見た長屋門の石屋根(右側):石屋根は状況の変化ですがたを変える。雨にぬれたとき、晴れ続きで乾いたときでは様子がまったく異なる。そして、経年変化により味わいはさらにます        

 

 柳宗悦は名もなき工人たちの作品に「美」を見出しました。柳らが繰り広げた民芸運動は、日常の中の美の見方を革新するもので、19世紀のイギリスのウィリアム・モリスらの運動を先駆とする文化運動を、20世紀の日本において独自に切り開くものでした。その柳が、1922年、日本の植民地下にあった朝鮮における光化門の取り壊しに強固に反対、当時の代表的総合雑誌『改造』に一文を寄せ、取り壊しから移築へと転換させるきっかけをつくったことはよく知られています。

玄関内観:長屋門を支える太い柱と梁がつくる天井の高い室空間。床には大谷石が張られている。玄関の右隣には妻・兼子の音楽室、左隣には応接室がある(提供:日本民藝館)

 

 柳が、直接家の設計に関わったのは1928年に上野公園で開催された御大礼記念博物館に出品した「民藝館」で、日常の什器や調度品を含めた家丸ごとのの展示でした(三国荘)。柳の2度目の設計がこの自邸で、特徴はなんといっても、正面に長屋門をかまえて、そこが家の玄関と応接室と妻・兼子の音楽室を兼ねていることです。

 長屋門は、もともと栃木県の日光街道にあった豪農のもの。民芸運動の同志である濱田庄司から移築の打診があったとされています。大谷石は屋根、軒、腰壁に張られ、そのうち屋根の大谷石だけで、約1万貫(約37.5トン)もの重量になります。輸送距離とその費用はかなりのはずです。しかも、壁の漆喰はやりかえ、柱や梁はどこまで再利用が可能だったかなどを考え併せると、ほぼ新築に近い再築ではないかと推測されますが、それでも踏み切った柳のこの門に対する愛惜の深さを思うべきなのでしょう。長屋門を含め、柳邸の工事には、栃木県の大工棟梁の磯部文吉らがあたりました。

食堂と客室:食堂はフローリング、そのとなりの小上がり和室の客間。椅子に座った人と畳の人の視線がちょうど合う高さに、小上がりが調整されている。南面の障子は光をやわらかな拡散光へと変える。デザインは、柳の好んだ朝鮮のものがベースとなっている
客室から食堂を見る:床間には、随時柳のコレクションから選ばれたものが飾られる。客室と食堂の間を建具によって仕切ることができる
1階の南側奥の客間:当初は、柳の母の部屋として用いられた。建具の印象から繊細な印象となっている。さまざまな材が使われている、家の中ではもっとも贅を尽くしたつくり
柳の書斎(左側):かつては部屋いっぱいに膨大な書籍を収めていた         
長男の宗理の部屋(右側):つくり付けのベッドがある。のちにはアトリエとして使われた。ベッドの上部襖を開けると、となりの部屋(子ども部屋)とつながり、風の通り道ともなる

 

 柳の設計の仕方は、現在の設計者のようにスケッチを描き、模型をつくるというものではありません。間取りを描き、それをもとに仕上がりのイメージを棟梁に伝えるということが基本だと推測されます。昔は、家を注文する側が間取り図を起こし、大工と相談しながら進めることがふつうに行われていました。ただし、注目したいのは、柳自邸には、柳の好んだ朝鮮デザインに通ずる建具、三枚引きの開口部が用いられ、階段や引き戸など人の手がふれるところ以外も丁寧に面取りされており、当時の藤井厚二の「聴竹居」(1927)にもみられるように、板の間の食堂と小上がりとなっている客間などが工夫され、洋(椅子座)と和(畳座)をうまく融合させていることです。

 今年、柳自邸は竣工90年を迎えます。都内では唯一の石葺き屋根をもつ長屋門と言われますが、この長屋門の評判を聞きつけた実業家、大原孫三郎が訪ねてきて、翌年1936年、自邸の道路挟んで向かい側に日本民藝館が生まれるきっかけとなりました。戦災をのがれ、2011年の東日本大震災を経て現在に至ります。長屋門を限られた敷地の正面にかまえ、主屋を配置するプランを練る中で、柳に門と主屋を一体化するアイデアが生まれたのではないでしょうか。プランを見ると、長屋門の玄関・廊下で結ばれた主屋が右側(北側)に配置され、南側が庭の構成となっています。柳の意思で自邸は、日本民藝館に寄贈され、西館として竣工時のすがたをとどめたまま一般公開されています。(鈴木洋美)

主屋と長屋門のつながり:長屋門の玄関を抜け、右側の廊下を介して主屋とつながる。L型を反転させたようなプランをみると、長大な長屋門の右半分に主屋がつながっている(提供:日本民藝館)

*取材協力:日本民藝館(写真は、クレジットのないものは特別許可を得て撮影)

*参考文献:『柳宗悦全集』 第十巻、第十六巻、筑摩書房