TIPコラム

生き残る建築  駒澤大学旧図書館(現、禅文化歴史博物館・耕雲館、1928)

2025.07.28

特徴的な外観:屏風を広げたような、ジグザクなかたちの折板構造

 今年、大学関係者の強い熱意のもと、国登録有形文化財(建造物)に指定されました。ライト譲りのレンガやテラコッタを用いた大正時代のモダン建築、震災復興の図書館として、歴史的価値を高く評価されたからでした。100年近く、同じ場所に、同じ状態で残り続けたのには、多くの偶然と建物自体がもっている、デザインの力があったといえます。

常設展示室(旧閲覧室)の見上げのステンドグラス:八角形をしたステンドグラスのかたちが、周囲へとひろがり特徴的な室内空間をつくり出している

 本図書館が関東大震災の復興として建てられたのが1928年でした。設計者の菅原榮蔵(1892〜1967)は、建築界の重鎮、築地本願寺などを手がけた伊東忠太の推薦で関わることとなります。菅原は、旧新橋演舞場(1924)、そしていまでも見ることができる銀座のサッポロビール(大日本麦酒本社ビル、1934)の設計者として知られています。ライトが帝国ホテルを建てるときに用いた、レンガ、テラコッタを用いた建築はライト風と評されましたが、ライトにはない、菅原自身のさまざまなアイデアが詰め込まれています。

常設展示室(旧閲覧室)の内観:正面には、曹洞宗にまつわる釈迦牟尼仏(中央)、道元禅師(右)、瑩山禅師(左)が祀られている
旧閲覧室と平面図:大閲覧室には、4人がけの机が30脚が並べられていた。奥の中央が貸出しの窓口となっている

 入り口正面は、折板構造という屏風を広げたような特徴的なデザイン。階段を駆け上がり、玄関を通り抜けると吹抜けの常設展示室(旧閲覧室)へとみちびかれます。旧閲覧室の周囲は幾何学模様のテラコッタが使われていますが、天井の透明な白色と水色のステンドグラスから、室内全体へ光がふり注ぎます。『駒沢大学百年史』(下巻、1983)には、関東大震災後の大学の近代化の一貫として図書館建設があったと記されています。構造は、地震に強い鉄骨鉄筋コンクリート造が選ばれ、附属館として図書庫が建てられていました。当時としては先進的な図書分類方法が採用されました。  

常設展示室(旧閲覧室)の吹抜け見上げ:天井の八角形のかたちが、周囲に展開しているようすがわかる。白色のテラコッタ装飾が効果的に用いられている
階段室:螺旋状になった階段は、壁面の白と手すりと床面の黒を基調に仕上げられている。窓の開け方が特徴的で、それが階段にリズムを生み出している

 この建物は、戦時下を生き延びたものの、日本社会が戦後復興から高度経済成長へと向かい、大学では学部の新設、学生数、教員数の増加が続く中で、存続の危機がやってきます。新図書館は1973年に竣工しますが、もとの図書館は壊されるのがふつう。図書庫は壊されてしまいますが、幸いにも、旧図書館本体は宗教行事や癒しの場「耕雲館」として、保存されることになりました。大学関係者の中に、残したいという強い声があったからだといいます。当初「風変わりな外観」と思われたものが、時間を経て多くの人の愛着をつくり出したのです。この旧図書館は、いまでは高層化した校舎の中に埋もれて見えますが、百年近く建てられた場所で、当時のすがたで立ち続けて、まわりの変化を映し出す「ベンチマーク」となっています。現在、「禅文化歴史博物館・耕雲館」として、曹洞宗にかかわる仏像や知識を伝える場へと変わっています。それは曹洞宗大学林としてはじまった駒沢大学の発祥を示すうってつけの役割と言えるのではないでしょうか。(鈴木洋美)

※参考資料 『駒沢大学百年史』(下巻、1983) 

      有形文化財(建造物)登録記念企画展「大正モダン 復興の図書館」(2025)