TIPコラム

湾の中の小さな岩山に立つ建築群 モン・サン・ミシェル修道院

2022.03.28

橋からモン・サン・ミシェルの全景を見る

 四周を海に囲まれた砦のような建築というのが、多くの人がもつモン・サン・ミシェル修道院の印象ではないでしょうか。かつては、「モン・サン・ミシェルへ行くなら、遺書を書いてから行け」とも言われたそうです。当地は干満の潮位が大きいことでも知られ、引き潮の際には沖合に押し流されたといいます。ところが、潮の流れが変わり砂州と化しつつあり、いまではその様子は想像もできません。

 世界遺産になる以前から、この地は、カトリック信者たちの聖地のひとつとされ、多くの人が巡礼に訪れていました。人々を惹きつける理由は、モン・サン・ミシェルのある場所のもつ力が大きかったと想像されます。

モン・サン・ミシェルより橋のある方向を見る

 修道院は、フランス北西部、ノルマンディーとブルターニュとの間に挟まれたサン・マロ湾の南東部の小さな島にあります。古くはノルマンディー公国が支配し、第二次世界大戦の雌雄を決したノルマンディー上陸作戦の地であったことが思い浮かびますが、パリからは少々疎遠な地域に位置します。

 モン・サン・ミシェルへは、橋を渡っていきます。遠目には、岩山と一体に建てられたお城(城塞)のイメージ。天に伸びる教会の鐘塔が、城の中心となり、その周りを切り立った壁が囲んでいます。さらに、橋を渡り中へと入って行きます。そこには、いまでは、観光客向けの売店、宿泊施設も立ち並びます。かつて城塞として使われたことを彷彿とさせる2つの壁に挟まれた間を縫って歩きます。もともと10世紀末にノルマン人修道士がベネディクト会修道院を建てたことが大きなきっかけとなりましたが、13世紀に建てられたという修道院の様子は簡素そのものです。

モン・サン・ミシェルの内側。城砦そのものだ

 さらに中心にある教会へと足をすすめると、時代を隔てた異なる様式でつくられたことに気づかされます。身廊部分はノルマン様式で11〜12世紀に建てられ、奥の内陣はフランボワイアン様式で15〜16世紀に建てられたといいます。時間をかけて、さまざまな様式を使い増築されてきたわけです。さらに、教会の鐘塔などには19世紀のゴシックリバイバルの影響もあるともいわれます。

修道院の天井見上げ
教会内部

 教会のつくりはとてもシンプル。著名なゴシック教会なら、交叉ヴォールトを用いて身廊部分の幅を広くとるところ、この天井部分は、単なる半円筒ヴォールト(つまり、カマボコ型)で、木を用いて架構部分がつくられています。限られた建築資材、限られた職人とおそらくは修道会士みずからが携わり、時間をかけ、世代をつなぎながらつくられ続けてきた教会だということが、このことからも理解されます。 (鈴木 洋美)