TIPコラム

波打つ外壁と彫刻群によって演出された建築    ガウディの<カサ・ミラ>(1905-10)

2023.11.29

ガウディによって巧みに演出された屋上。パティオの壁の端部は波のようにうねり、大胆に高低差のつけられている階段を駆け上がることは、まるで波を乗り越えていくことに近い

 近代建築は、必要とされるはたらき(機能)へと特化しました。建築は装飾が抑えられ壁面はデコボコのない平滑なものとなり、ゆとりのある空間は切り詰められました。鉄とガラスとコンクリートによってつくらる建築の代表的なモデルが工場だと考えると、納得できるかもしれません。必要な容積(ボリューム)が考えられ、そのために必要なかたちがデザインとなるので、かたちは箱に近いものとなります。

 そうした目でガウディ建築を見ると、ゆとりのある空間であふれています。スペイン・バルセロナのグラシア通りの角地に立つ<カサ・ミラ>の波打つは外壁は5層にわたり折り重なります。屋上には、階段の出入り口を兼ねた高さ6メートル超える渦巻き状のものや、まるで寺の釣鐘状のものなど、さらに一捻りを加えた通気孔が要所に配置されています。

階段室(左)とパティオ(右)の見上げ。鋳鉄の門扉や階段手すりのガウディ風にアレンジされている

 地上から正面を見上げると、外壁がつくり出すうねりは地中海の波であり、屋上にある「彫刻群」は風を受けて岸辺に浮かぶ灯台のようにも見えて来ます。正面フォサードを潜り中へ入ります。曲面でつくられた天井と鋳鉄の門扉と階段の手すりのようすは、19世紀末のアール・ヌーボーを参照しながら大胆にガウディ流の改変がなされています。<カサ・ミラ>は大小二つの中庭(パティオ)をもちますが、写真は大きな楕円形をしたものです。採光と通風などに配慮したこの地域での住まい方への配慮がなされています。

ファサード見上げ。外壁はうねりは上下で少しずつずれながら層をなしている。窓のかたちはすべて異なっている

 さて、いよいよ屋上へと足を踏み入れます。バルセロナ在住のガウディ研究家、田中裕也は屋上の様子を「中世の舞踏会」にたとえています。田中によると、階段室の出入り口でもある渦巻は「風(ビエント)」をかたどり、釣鐘状のものは「貴婦人」、一捻りを加えた通気口は「戦士(ゲレロ)」といった具合。6つの「風」と「貴婦人」らと、屋上の要所に配置された「戦士」たちが屋上で繰り広げる様子は確かににぎやか。近代建築において追放の憂き目にあった建築の演出性が、屋上で見事に展開されています。

ライトアップされた<カサ・ミラ>。夜になると屋上がとてもにぎやに浮かび上がる。田中裕也が「夜の舞踏会」呼ぶ、宴の開始である

 ガウディその人は、実は、近代建築のフィールドに立っています。建築の高さと強さと頑丈さをもつ構造を探究し、工期短縮のためにはプレキャストコンクリートを用いてもいます。田中裕也が<カサ・ミラ>の実測図によって明らかにしたことは、ガウディが採用したかたちの根底には、円や六角形、八角形などの幾何学があったということです。選ばれたかたちは、合理に立脚しているのです。また、<カサ・ミラ>の平面も、基本は台形です。では、ガウディ建築が、なぜ独自の世界をつくることができたのでしょうか。その一つの答えは、徹底性にあるのではないでしょうか。外壁の波のうねりは、屋上のパティオにも伝えられ、その壁は見事なまでに波打っています。屋上の彫刻群はそうした中での表現です。そして外壁の開口面に目をやると、すべて大きさが異なることに気づかされます。波打つ外壁に呼応して、開口部の大きさをさまざまに変化させています。これは、まさに現場泣かせ。ガウディは、合理性から成り立つ世界に、非効率な非合理をあえて持ち込むことで、ファサードにリズムが生み出しています。このムチャぶりが可能となった背景には、無理な注文に応えてくれた現場職人たちの存在が挙げられます。口達者なガウディは現場職人の中に深く入り込み、慕われていたことがよく知られています。(鈴木洋美)

撮影:畑拓

参考:田中裕也『実測図で読む ガウディの建築』彰国社、2012