TIPコラム

江戸前の味をささえる築100年の木造家屋  土手の伊勢屋(1927年、登録有形文化財)

2024.12.23

 

右が伊勢屋。この一画だけが、戦前の雰囲気を今に伝える。伊勢屋と隣の桜肉鍋店はともに登録有形文化財の指定を受けている。看板の文字は竣工時のまま、右から左に読むスタイル

 あたり一面が灰燼にきした1923年の関東大震災。その4年後に再建された土手の伊勢屋は、戦中の空襲では、風向きのおかげで奇跡的に焼け残り、竣工以来ほぼ100年、江戸前の天ぷら屋の店舗として使われ続けています。開店11時の1時間ほど前から列ができる人気店。間口は4.6メートル、奥行き10メートルの小ぶりな木造2階建てで、通りに面したところに調理場があり、客席は畳敷の4畳半相当の小上がりをいれても十数人が入ればいっぱいになる広さです。

昔なつかしい木造住宅のたたずまい。1階が店舗、2階が住宅として使われてきた

 伊勢屋の創業は、1889年。最初は、一膳飯屋、いまでいう定食屋として開業しました。「吉原土手」という、隅田川の決壊を防ぐための堤の端にあり、近くには吉原遊廓がありました。関東大震災後、堤が切り崩され道路として整備された際に、敷地の一部を供出したため少し手狭なった敷地に再建されたのが現店舗。二代目店主が、人気のある天ぷら専業に切り替えたのが、ちょうどこのタイミング。建物のつくりは贅沢なものではなく、外壁は下見板張り、軒下には漆喰が塗ってあります。1階の道側に調理場を設けて、江戸前天ぷらの特徴であるゴマ油の香りを漂わせるのは、屋台から始まった江戸前天ぷらを引き継ぐもの。つい最近まで、2階は住居となっており、多い時には従業員を含めて10人を超える人がここで生活をともにしていました。

1927年の竣工当時の写真。外構周りは未整備だが、看板類をのぞき現在のものと変わっていない。ただし、当初、出入り口は右側にもあり、2方向となっていた

 なぜ、100年近く天ぷら屋として使われ続けているのか。それは、使う人の愛着の深さがあるからです。四代目店主の若林喜久雄さん(61)は、頑として竣工時の姿にこだわり続けています。「伊勢屋の天ぷらの歴史は、この建物とともに刻まれている。だから、天ぷらをこの建物で食べてもらいたい。」若林さんによると、江戸前天ぷらの特徴はゴマ油を使うこと。屋台から始まった江戸前は、人を惹きつけるためにゴマ油を用いました。また、タネには小魚を用いるので、尻尾のかたちで魚種が判断できるのだといいます。

奥の畳の小上がりより入り口付近を見る
これぞ「昭和レトロ」の雰囲気。エビの看板、エビを彫ったすりガラス、建具関係、柱時計は竣工時のまま

 木造家屋は100年保っているのだから、もともとの建て付けがいいのは間違いなく、嵌め込まれた建具、エビの彫られたすりガラスは当時のまま。柱時計は竣工当時のものですが、今なお時を刻みつづけています。廊下のフローリングは、2メートルを超える1本の無垢材が使われています。若林さんの母親が嫁いだときには、おからで廊下を磨いていたようです。若林さんは、天丼の発祥の地はうちではないかといいます。むかし、吉原通いの気の短い江戸っ子が、時間がないからドンブリにご飯を入れて天ぷらを乗っけてタレをかけてくれというところから、はじまったとのことです。歴史がある伊勢屋には、このようにさまざまなエピソードがあります。こうしたことをささえてきた舞台が、この築100年を迎えようとするこの木造店舗であるというわけです。(鈴木洋美)

伊勢屋の建つ土手通りの様子。正面には、東京スカイツリーが見える