TIPコラム

建築家と職人の協働で生まれた建築  今井兼次の旧大学図書館(1925)と演劇博物館(1928)

2022.05.10

 東京・新宿にある早稲田大学の本部キャンパス。建替え・改築が続けられる中で、昔のままの姿を保っているのが今井兼次の設計した2つの建築、旧大学図書館と演劇博物館です。今井兼次は、日本で最初にガウディの建築を紹介したことでも知られています。プロフェッサー・アーキテクトとして教鞭と設計の2つの世界で活動を繰り広げましたが、そのため手がけた建物は決して多くはありません。「大多喜町役場」(1959)、「日本二十六聖人殉教記念館」(1962)、「桃華楽堂」(1966)などがよく知られていますが、そのどれもが現場でつくり込んだものばかりです。とくに、妻をなくしたことをきっかけに今井はカトリックの洗礼を受けていますが、そのためか、「日本二十六聖人殉教記念館」の完成に注いだ情熱は並はずれていました。サグラダファミリアの2つの鐘楼を登場させたかのような外観に、船を思わせる本館が支えられています。鐘楼はガウディのようなモザイクタイル張り、まさに職人技の結晶を思わせます。

日本二十六聖人殉教記念館の外観

 こうした今井建築の出発点となったのは、1925年に竣工した早稲田大学の旧図書館。いまは、「会津八一記念博物館」と名前は変わったものの、今井兼次の旧図書館が昔の佇まいのままそこにあります。設計の話が舞い込んだのは、30歳になる前。実務経験は皆無の青年にとっては未知の世界。理想は高く、スウェーデンの建築家・R.エストベリに傾倒していた今井は、何度もスケッチを重ね、そして現場に出向いて職人とともに建築に一心に打ち込みます。そうした中で誕生したのがこの図書館です。中でも、若い左官工との出会いは、今井にとって重要な経験となりました。漆喰仕上げの6つの柱が、この職人によって完成される現場に立ち会った今井は、その感動を文章に書いています。建築とは、建築家の思いを受け止めた現場の人々によってつくられるものだという、発見というよりも確信が今井の中に生まれた決定的な瞬間となりました。旧図書館の閲覧室(現展示室)では、今井建築の空間を味わうことができます。左右の太い大きな柱は上に向かうほど内側に湾曲していますが、それが空間全体をつつみこむようすを体感できます。まるで、宗教建築の中にいるかのようです。

旧図書館外観。現在は会津八一記念博物館
旧図書館閲覧室内観。左右の太い大きな柱は上に向かうほど内側に湾曲し、空間全体をつつみこむ

 そして、もうひとつキャンパス内には、今井兼次の設計した「演劇博物館」があります。坪内逍遥が、日本で初めてシェークスピアの全作品を翻訳したことを記念して建てられたものですが、鉄筋コンクリート構造を採用しながらも、シェークスピア劇場「フォーチュン座」を模した木造風の仕上がり(ハーフティンバー様式)。建物自体が劇場ともなる構成となっています。内部は、木造でつくられた重厚な洋館風のしつらえとなっています。こうした2つの建築が、建築家・今井兼次の出発点となったのです。 (鈴木 洋美)

演劇博物館の外観。柱や梁などを現す木造のハーフティンバー様式をRC造で模している
内部は木造で、重厚な洋館風のしつらえ