TIPコラム

和洋折衷のモダンなかたち 常盤台写真場(1937)

2022.08.31

モダンなかたちをした正面

 都市郊外沿線の新駅の増設とともに、駅前の計画的な住宅地の造成を行う例としては、田園調布が先駆をなしますが、この常盤台もその一つです。計画的に配置された道路、インフラ設備と広めの敷地区画からなる高級住宅街となっています。東武鉄道が直営で行ったもので、1935年のことでした。当時の駅名は武蔵常盤駅といいました。

2階の「写場」。北側前面が刷りガラスでトップライトもついている

 竣工は1937年、分譲当初の区画の中にポツポツと家が立ち始める中で出現したモダンなかたちです。駅から中心の道路を歩き商店街を過ぎると間もなく、この「常盤台写真場」(ときわだいしゃしんじょう)に出くわすことになります。正面は非対称なかたちで、窓の割り付け、左手にある円筒状(エレベーターがある)の形状を併せもつようすはモダンな印象そのものです。ちなみに、当時の写真館がそうであったように、写真を撮ること自体が特別なことで、技術も芸術性を兼ねていました。その表象として選ばれたものです。面白いのは、写真館のポイントである採光と建築のかたちが合理的に計画されていることです。正面を過ぎ右側に回ると2階の「写場」の部分は全面刷りガラスとなっていて、その天井部分はトップライトとなっています。安定した光を北側からとることが必要であったからですが、当時の建築にはめずらしい大開口部をもつ空間が出現したことになります。

モダンな正面と奥にある和の空間

 正面の右ななめから奥を見ると、瓦屋根を載せた「和の空間」となっていることがわかります。この1階が家族の空間です。建物の正面部分を切り離してしまえば、当時の日本の平均的な佇まいとなります。南側となっており、家族のための居間、老人室、そして子ども室がしつらえられました。老人室には、畳が敷かれ、障子とガラス戸、さらに背後には床の間もある和のテーストです。目を引くのが、老人室と子ども室に設けられた扉です。仕事で忙しい両親に代わり、幼少の子どもたちの面倒を老親が受けもっていたのかもしれませんが、子どもたちとの関係が推測される間取りとなっています。

1階の「老人室」

 正面のモダン要素は、写真館という中身をあらわすかたちと機能面を分担し、その背後の家族空間は和をベースにまとめられているという、和洋折衷の合理的な解決をされた店舗併用住宅といってもいいでしょう。 (鈴木 洋美)