TIPコラム

ライト建築の遺伝子が埋め込まれた建築    旧甲子園ホテル(現武庫川女子大学甲子園会館 1930)

2024.01.31

 

庭園側から見た外観
正面外観。左右対称となっている

 日本における、建築家フランク・ロイド・ライトの代表作である帝国ホテルは、明治村で一部を保存されていますが、壊されてしまいました。しかし、ライト建築のようすを今なお伝えてくれるものがあります。それが、旧甲子園ホテルです。現在も武庫川女子大学の校舎として使われ続けており、竣工時の姿を伝えてくれています。旧甲子園ホテルを実現させる原動力となったのは、帝国ホテルの支配人であった林愛作であり、ライトの片腕として現場を支え、竣工直前に米国に戻ったライトに代わり帝国ホテルを完成させた、日本におけるライトの一番弟子であった遠藤新(1889〜1951)でした。ライトをリスペクトする2人は、帝国ホテルをお手本に、旧甲子園ホテルをつくり上げていきました。そのため、この建築のいたるところに「ライト建築の遺伝子」を発見することができます。

外観の〈雨の雫〉のモチーフを見る。軒の出を支える柱の部分に、日華石により〈雨の雫〉が表現されている

 帝国ホテルが計画されたころ、日本における<ホテル>という建築のかたちはきわめて曖昧だったと思われます。外観は、左右対称(シンメトリー)で、スクラッチタイルと大谷石とテラコッタを用いた重厚なつくり、内部に入ると天井の高さに変化をつけながら連続する空間としてのホテルを、ライトは実現したのです。旧甲子園ホテルの外観は、明らかに帝国ホテルを踏まえています。スクラッチタイルは、型枠の中に積まれてコンクリートと一体的に成型されています。雨の雫のモチーフは、大谷石に似た日華石によって表現され、レリーフ状のテラコッタが建築の表層に不思議なリズムをもたらしています。こうしたトータルな外構デザインは、古代遺跡を連想させる凹凸のある複雑なかたちとなっています。

市松格子の光天井と黄金色の装飾が施された西ホール

 中に入ると、ライト譲りの遠藤流モチーフがさまざまに登場します。入り口でまず目につくのが「内手の小槌」。これを壁面へと展開させていきます。外部で日華石によって表現されていた雨の雫は、内部では暖炉として再び登場します。さらに内部へと進むと、市松格子の光天井があり、その先には、黄金色の装飾が施された空間があります。

東ホールは学生たちの製図室として使われている

 この建築は1930年に竣工し、「東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル」と並び称され、その後、海軍病院、米軍将校宿舎となり、1965年に武庫川学院が国より譲り受けて修復工事を行い、教育施設として生まれ変わりました。東ホールは、現在、武庫川女子大学で建築を学ぶ学生たちの製図室として使われています。ホテルから学校へと用途が変更され、建物自体が学生たちの生きた教材として、実測、材料、歴史、建築維持を学ぶために活用されています。そこから時間を重ねる中で使われ続けてきた、この建築のもつ底力を私たちは感じることができるのです。(鈴木洋美)

建物の側面には、レリーフ状のテラコッタが貼られている