TIPコラム

コンクリートの箱の中の和と洋の融合空間 旧日向別邸(ブルーノ・タウト「熱海の家」1936) 

2024.09.26

上家の2階より相模灘を望む。手前左側には初島、雲がなければ奥には伊豆大島が遠望できる。この芝生の下にタウトの手がけた地下空間がある

 JR熱海駅からほど近い、急な坂道を登ったところにそれはありました。旧日向別邸、世界的な建築家、ブルーノ・タウトが日本で手がけたただ一つの建築作品(重要文化財、2004)。といっても、新築ではなく、すでにあった鉄筋コンクリートの地下空間にしつらえられた特別なインテリア空間です。旧第一生命ビルや横浜のグランドホテルを手がけた渡辺仁の手がけた上家の階段を降りていくと、タウトの「熱海の家」の世界となります。

急な坂を登り切ったところにある旧日向別邸。上家の外観は、ふつうの住宅である
洋間より社交室を見る。天井の両脇にはすす竹につられた、波のようにうねる電球の群れ。正面の壁は、竹の節を調整しながら隙間なくつなげられた壁。手間ひまをかけた職人の手仕事である

 地階へと導く階段の手すりは、一本の竹。その正面は竹で出来た竪格子。社交室へと導く階段はアールを描いた4つの段でその手すりは曲げ加工の施された竹でつくられています。そして階段を降り立って、社交室の上に目をやると、すす竹につらされた、波のようにうねる電球の群れに出会うのです。広さにして150㎡ほどの続き間。平面図を見ると、海に向かって中央部で「くの字」に折れ曲がります。タウトのデザインした電気スタンドに惹かれた施主の日向利兵衛が、タウトに全幅の信頼を寄せ、何の口出しもせずタウトにすべて任せたのでした。

社交室より、洋間、和室をみる。空間を建具で分節している
和室の床間とつなげられた雛壇を見る。洋間も同じような雛壇が設けられている。 床間に置かれた電気スタンドがタウトのデザインしたもの。日向とこのスタンドの出会いが、日向とタウトをつないだ

 大正から昭和にかけて、温泉地として知られた熱海の海を望む傾斜地に、多くの別荘が建てられることとなります。旧日向別邸もそうした建物のひとつ。まず上家が建てられ、その庭を兼ねた土留めでもあったコンクリートの箱が設けられました。上家の竣工時、その内部にはなにもない空間で、インテリアの仕事がタウトへとまわってきたのです。タウトの設計した地下空間は、建具で空間を分節する日本的な一室空間。手前には、波のようにうねる電球の群れが連なっている社交室、その隣には「彩色の建築家」といわれたタウトらしい、内壁にワインレッドの絹織物が張られた洋間、そして和室の空間となっています。洋間、和室とも、巨大な床間に雛壇状の段が設けられ、南側の雄大な海を望む構成となっています。

タウトと日本の職人・文化との出会いが生んだ竹の手すり(左)と角度の変えれるルーバーをもつ蔀戸風の建具(右)

 ガラスの家、鉄のモニュメントなどの作品、一連の集合住宅(ジートルンク)で知られるモダニズム建築家・タウトは、日本に来て桂離宮をはじめとする古建築の世界へと沈潜していきます。そして彼が、日本で見出したのは、近世初期に活躍した小堀遠州でした。ここには、日本へ来て学んだことを含めて、タウトの世界が続き間のかたちで、一望できるかのような構成となっています。和室空間につけられた蔀戸風の建具は、角度の変えられるルーバーとなっています。これも、タウトが加えた工夫のひとつなのでしょう。(鈴木洋美)

地下空間の南側開口面。その上部が、上家の庭となっている