TIPコラム

ギリシア神殿の顔をもつ木造の教会  カトリック築地教会(1926〜)

2025.08.25

 

築地教会の門には、イオニア式の柱頭が載る

 東京メトロの新富町駅から隅田川方向へとあるき、横断歩道をひとつ越え、100mほどの一街区を過ぎ右に曲がると、<居留地中央通り>に出ます。1870年代当時、このあたりが居留地であった名残で、東京で最初に外国人が住みはじめたところです。この道の先にあるのが、日本の教会としてはユニークな、ギリシア神殿風ファサードをもつカトリック築地教会です。いったい、95坪あまりの小さな築地教会で、なぜギリシア神殿が採用されたのかと興味を惹かれます。

教会正面。ファサードは、ドーリア式。丸みをつけた「エンタシス」をもつ6つの柱が並ぶ

 実は、1878年に竣工した初代聖堂は、ヨーロッパによくあるゴシック建築でした。正面には、直径2.25mあるバラ窓をもち、内部は、中央部の円天井下の高さが10.5mもある立派なもの。日本が国を開き、外国との交流を本格化しはじめたころ、キリスト教の布教が本格化します。築地教会は、神田教会とともに、カトリック布教における東京の中心となりました。関口教会(現東京カテドラル)にとって変わられる前は、東京司教座でもありました。ところが、1923年の関東大震災で壊滅的な被害を受けます。組積造の建物は、地震に対しては弱かったということです。教会関係者、信者たちの努力によって1926年に、旧聖堂が立っていた場所に再建されます。2019年の耐震改修工事の際、内壁、床をはがしたときにわかったのは、柱の下の基礎は、旧聖堂のレンガによって支えられていたことでした。つまり、旧聖堂を引き継いだかたちで再建されていたというわけです。

教会内部。入り口からの正面祭壇までフラットなつくり。竣工当時は、机と椅子ではなく畳が敷かれていた。ファサード同様にエンタシスをもつ柱が並ぶ
シンブルな祭壇。信徒との距離も近い
内部の側廊方向を見る

 さて、なぜ、築地教会はギリシア神殿風ファサードを採用したのか。当時のレイ大司教の希望だったということです。あるいは、レイ大司教の故郷フランスにある、ギリシア神殿風の巨大なマドレーヌ教会(1842)のことも念頭にあったのかも知れません。いずれにしろ、こちらは日本の職人の手によって、ていねいにつくられています。小さな教会のギリシア神殿風ファサードの柱は、木を芯におき、漆喰仕上げです。正面の三角形の部分(ペディメント)には、教会まつわるユリとバラのレリーフが施されています。屋根の頂部には、教会の示す十字架がのります。ファサードの柱も、内部の柱も、よく見ると中央部が膨らんでいます。これは、「エンタシス」と呼ばれるもので、ギリシア風に忠実に再現されているのです。教会の門には、イオニア式の柱頭が載っており、いまでは多くの人に親しまれる共有のアイコンとなっています。築地教会は、東京都選定歴史的建造物に指定されていますが、その理由は居留地時代の息吹を今に伝える建物だからだといいます。再来年、献堂100周年を迎えますが、そこにいまもあることで多くのことを、私たちに語り続けています。(鈴木洋美)

旧聖堂時代のようす(築地教会資料より)
1877年から使われる「ジャンヌ・ルイーズ」という銅製の鐘。門を入ってすぐの右側にある。戦時中の金属供出の対象とならずに残った。中央区の区民有形文化財に指定されている

参考:『カトリック築地教会 150周年記念』カトリック築地教会、2024