TIPコラム

アトリエをもつ「く」の字型プランの山荘   軽井沢の山荘/脇田邸(1970)

2024.08.21

庭より見る。かつて庭の中心部には、コブシの樹があった。建物の中心にある居間の屋根には暖炉の煙突がある。左側がアトリエ

 建築家・吉村順三は、「建築の基本は住宅」と考えており、そのことを折りを見て、自ら公言してきました。簡単な言葉に換えると、住宅とは愛着をもってそこに居続けられる環境とでもなるのでしょう。吉村は自らの山荘を軽井沢にもちますが、そこでは湿気を避け生活の舞台を2階へともっていきました。1階部分はRC、2階を木造でつくっています。つまり、混構造です。RCの1階部分は、森の中につくられた人工大地であり、湿気を避けるためばかりではなく、新たな眺望をもたらしました。

中心のピロティ部分にある、玄関へのアプローチとなっている木製の階段。とてもシンプルなつくり
玄関を入り、台所の横を通り抜けると居間の空間が広がる。色彩計画は脇田氏。左の開口面と右の壁は平行ではなく、少し内側に傾いており、視線は自ずと暖炉と天井の頂点あたりへと向かう。

 本作品も、同じ軽井沢にありますが、人のために快適な環境づくりとともに、新たな条件が付け加わります。吉村の同じ大学の同僚であり、画家・脇田和からの依頼は、四季を通じて制作活動ができるアトリエをつくるというものです。当初、600坪近い、杉苔の生えた湿地の土地に計画されました。吉村は自分の山荘のように、生活の舞台のすべてを2階にもってきています。同様に1階はRCで、2階は木造という混構造。庭のコブシの樹を囲うように「く」の字型プランとし、中心部分には居間を設け、両側にアトリエと水回り、寝室などのスペースを振り分けています。これで眺望も快適性も確保されました。

柱を減らし、大きくとられた南側開口部。雨戸、網戸、ガラス戸、障子全てが戸袋に引き込まれて全面開口となる。室内を循環した温風は、障子上部の溝から吸い込まれる
居間の開口部より庭を望む。左の柱部分が「く」の字型プランのへこんだところ。正面に、脇田美術館が見える

 そして、画家のリクエストに応じて吉村が工夫したのが冬の備えです。軽井沢の冬はマイナス20度になることもある厳寒の地。そのため取り入れられたのが、温風吹出し床暖房。1階でつくった温風で2階のデッキープレートをあたため、その温風で室内もあたためます。いわば、韓国の床暖房であるオンドルを実現したようなもので、温風をつくりだす設備は1階に置いてあり、生活の邪魔をするものではありません。また、その温風は開口部のコールドドラフト防止にも活用されます。 

アトリエ。ここだけは、天井高は2.7mあり、南側に窓がある。隣には、画庫と書斎がある

 吉村は、本作品を、作品集の中では「軽井沢の山荘B」と名づけました。吉村の先行作品が「軽井沢の山荘A」(1962)です。推測するに、吉村は自分の軽井沢の山荘をかなり意識していたと思われます。本作品は、幸いにも、竣工当時のまま大きく変えられてはいません。吉村が、時間を隔てて、異なる建築条件、敷地状況中で何を変えずに、何を付け加えたのかを、私たちは両作品をとおして知ることができるのです。(鈴木洋美)