TIPコラム
つながる美術館の誕生 長野県立美術館
2021.08.19
7月下旬、オープンしたばかりの長野県立美術館を訪ねました。敷地のとなりには、かの善光寺。美術館の屋上に上ると見事に軸線でつながっています。美術館の大きなコンセプトのひとつは「ランドスケープ・ミュージアム」ですが、まわりの風景とハーモニーを奏でながら新たな風景創造をめざしています。敷地周辺の公園のランドスケープデザイン、さらに隣接する「東山魁夷美術館」(設計・谷口吉生)とは敷地の傾斜を利用したカスケード型の水盤を介して渡り廊下でつながっています。
設計者の考えを求める「プロポーザル」形式のコンペで選ばれたのが設計者・宮崎浩氏の提案した「つながる美術館」というアイデアでした。宮崎氏は、この「つながる」に、完成後の美術館の使われ方やさまざまなものを含めています。善光寺とつながることはもちろん、とくに市民とアートをつなげたいという強い思いがあるようです。県立美術館として、国宝級の美術作品を展示するレベルが必要とされたため、壁厚、収蔵庫の構造を含めて厳しい条件が付いてまわりました。その中で、宮崎氏が、苦労したのは、どのように市民に開かれた場所づくりとしての美術館を実現するかということだそうです。
宮崎氏の、建築的な整理は明確にあらわれています。敷地高低差10mの敷地条件の中に、コアとなる部分はコンクリートでしっかりとつくり、その周囲の市民スペースとなる領域は、ガラスのカーテンウォールによってつくるというものです。そして、高低差を利用して、周囲とは3つの地点でつながります。
この美術館では、市民の日常使いとしてチケットなしで利用できる領域がきわめて多くなっています。誰でも、公園の入り口からメインのエントランスを通り、屋上まで気軽に上がることができます。また、展示スペース横の幅の広いロビー(廊下)からは、水盤、そして美術館のある公園を一望することができます。平日、朝夕には、美術館の水盤横の階段を行き来する高校生たちの姿があります。このように、美術館のある公園は、多くの市民たちが利用するスペースともなっているのです。美術館のサッシのディテールから風景までこだわったつくり。宮崎氏は、つながる美術館のアイデアを実現するために、構造設計者、ランドスケープデザイナー、照明デザイナー、設備設計者、そして施工者たちを巻き込こみ、見事に実現させています。 (鈴木 洋美)